井月を囀(さえず)る Chirping a haiku by Seigetsu 落ち栗の座 2026.09.01
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はじめに Introduction
こんばんは! 篶囀(Enten)です。
今宵は恐れ多くも井月の代表句に迫ってみました。
といっても、井月に関しては多くの研究者あるいは井月を正しく理解できる関係者により多くの資料が発掘・保存・書籍化等されていますから、私ごときの「俄かファン」が知ったかぶりを書いても仕方ありませんので、今回の記事内容に関わる最低限のことだけを(割合無責任に(^▽^)/)書いて、あとはいつも通りに気負いなく、自然に鼻歌になったこの句を楽しんでみたいと思います。
井月:今宵の一句 Seigetsu:A haiku for tonight
『落栗の座を定めるや窪溜り』
(おちぐりの ざをさだめるや くぼだまり)
根無し草、放浪の俳人と言われる井月が、生涯を通じて「あり得ない」と信じて疑わなかったであろう「入籍」が決まったのは1884年(亡くなる3年前)でした。
その境遇を客観視し、『窪溜りに落ち着いた・・落栗』と自らを表現してみせたこの句は
今や井月の残した俳句の中ではあまりにも有名な一句となりました。

『井月年譜』によれば、井月の代表的著作「越後獅子(えちごじし)」「家づと集(いえづとしゅう)」に続く「余波の水くき(なごりのみずき)」が弟子の梅関(塩原折治)により開板されたのはこの入籍の翌年でした。
その跋文に井月は
『古里に芋を堀て生涯を過さむより、信濃路に仏の有りがたさを慕はむにはしかじと此伊奈にあしをとどめしも良廿年余りに及ぶ。取分親しかりける人々の、むかしを思ひ出して夜寒を語る友垣に換るものならし。
明治十八酉の行秋 落栗の座を定めるや窪溜り 柳の家井月』
と認めています。
句碑近景 Close-up of the haiku monument

篶囀の思い描く『この句のイメージ』
The “image of this haiku” envisioned by Enten



旋律譜:落ち栗の座
(おちぐりのざ)
Melody score: Ochiguri no Za

鼻歌で囀ってみたよ
♬ I tried humming a tune
あとがき Afterword
今宵の句とほぼ同じ時期に、井月は『よし貞』名で『術懐』という詞書(ことばがき)を添えてこんな和歌(短歌)を詠んでいます。
【新編漂浪俳人井月全集(2018年9月1日初版)より】
『今は世に拾ふ人なき落栗のくちはてよとや雨のふるらん』
どう解釈しても悲壮感に満ちた(絶望感といってもよさそうな)リアルさを感じてしまいます。
ほぼ同じ時期に作られたと言われる井月の『落栗』作品ですが、17文字の俳句と31文字の和歌で、私(篶囀)自身の解釈が全く異なることに驚きました。
○ いずれが 本心なのでしょうか? 或いはいずれも 本心なのでしょうか?
○ 亡くなる数年前ですから、もしかしたら体調もすぐれず、井月の心境は揺れ動いてい
たのかもしれません。
○ だから・・、いずれも 偽らざる井月の本心 なのでしょうね。
さて、次回の旋律譜は
よく咲けば
です。
2026.09.01㈫
○The guide for this blog is Enten(篶囀).
○This blog primarily features haiku by Seigetsu(井月).
○I’m humming the haiku I introduced, with a melody added to it.
○The author of this blog is Kakigui Houryu.(柿食法隆)

