はじめに                                               Introduction

 こんばんは! 篶囀(えんてん・Enten)です。
 連日の猛暑、もうウンザリ・・なんて人は多いでしょうね。
 この夏、私は朝窓を開け放して家を出ます。夕方帰宅した時、私の身体が室内気温に耐えられる範囲に落ち着いているからです。窓を閉め切ったまま出かけたときの室内気温(=不快指数1,000)と比べると雲泥の差です。
 水分補給も欠かさず、喉が渇く前に飲むようにしています。渇ききってしまうと、喉が水分を通さなくなった経験があるからです。〔その時はゼリーで解決しました(^▽^)/フフ〕

 畑の野菜も人間同様、この暑さに参っています。
 春、意欲満々で植えたキュウリやトマトが今収穫期を迎え、毎朝籠に溢れるほど採り続けていらっしゃる方も多いでしょう。でも、暑い中働き続けるわけですから野菜だって水が欲しいですよね。しかし野菜は「喉渇いた!」的なことを話してくれません。栽培する人間が野菜の姿(表情)を見て判断するしかないんです。

 今宵は井月が物言わぬ「ある植物」の姿をじっと眺めた一句です。 

井月:今宵の一句                                                                                      Seigetsu:A haiku for tonight

ふらふらとして 怪我もなき 青瓢
  (ふらふらとして けがもなき あおふくべ)

 瓢箪が蔓にぶら下がって、風の吹くままにゆらゆら揺れています。
 何かにあたって傷付くこともなく、ふらふらしている割に蔓から落ちそうでいて落ちない、そんな様子に井月は思わず「怪我もなき」と、まるで人間を見るような眼差しを向けています。

 『青瓢』はまだ成熟しきっていない青い瓢箪です。
 その瓢箪が風に吹かれて蔓の先で揺れているようです。
 柔らかで華奢ながらも蔓から落ちることもなく「怪我もない」といっています。
 この若い瓢箪を井月はひとりの人間のように慈しみの眼差しで見ています。 
 植物である瓢箪にケガという言葉を敢えて使った井月が実際に見ていたものは何でしょうか?

【篶囀の解釈】 
 風に揺れ、あっちにふらふら、こっちにふらふら、危なっかしいったらありゃしない。でもこの瓢箪、しっかり蔓にぶら下がって「怪我もなく」元気に過ごしているじゃあないか!
 青瓢箪は井月自身であることを悟っているようです。

 定職もなく、家もない井月。風の吹くまま、伊那谷を歩き続ける井月。
 それでも井月には見えない蔓がありました。
 井月の理解者たちとの縁です。
 一宿一飯を繰り返す井月ですが、誰かが放っておけずに声をかけるから
「ふらふら」としていても蔓から落ちないのです。

 この蔓(=井月が見ていたもの)は人との情でしょうか。

篶囀の思い描く『この句のイメージ』 
The “image of this haiku” envisioned by Enten 

瓢箪一つ、  寂しいぞ!
瓢箪二つ、「それっ、それっ!」

旋律譜:ふらふらとして                                                                             Melody: Furafura to shite

鼻歌で囀ってみたよ
♬ I tried humming a tune

あとがき                                                                                                    Afterword

 実はこの句が気になり、実際に瓢箪が風にふらふらするのか確かめようと苗から千成瓢箪を育ててみたんです。双子のような青瓢箪が実りましたが、残念ながらこの後風に揺れる姿を見る前に虫害で枯れてしまいました。でも、そんな体験があったからか、この句への愛着はより深くなっています。

思い出を1枚だけ残してくれた         私(篶囀)の「双子の青瓢」です。

さて、次回の旋律譜は

 上る魚あり稲の花

です。

2026.08.01㈯

ABOUT ME
篶囀 Enten
昔は、還暦には赤いちゃんちゃんこを贈り長寿のお祝いをしていたようです。  さらに古希、喜寿、傘寿・・と長寿の御祝は続くのですが、平均寿命の延びが著しい現代では還暦の祝は「長寿」の祝でなく、「人生の節目」を祝う意味合いが濃くなっているようです。  我が家でも「60・70は鼻たれ小僧」とばかり、御祝の『お』の字もなく淡々と過ごしてきました。  私は還暦で第一の人生に区切りをつけ、『ご破算で願いましては・・』と第二の人生をスタート。(気持ちだけですが・・・)  第二の人生においても既に鼻たれ小僧を通過して今や「中学1年生」、思春期真っ只中です。  (o^―^o)ホホ   あれもやりたい、これもやりたいと、好奇心の塊で今は「井月」に熱中しています。