井月を囀(さえず)る Chirping a haiku by Seigetsu 狐福(きつねふく) 2026.11.01
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はじめに Introduction
昨年は不作で高値と言われた松茸が、今年は「当たり年」だそうで産地の伊那谷では久しぶりに安価な松茸を求める人たちで賑わっているようです。
もっとも、秋の長雨の影響で「商品価値」としては上出来な品ばかりではなく、虫食いやら、鹿の食い齧りなども目立つとの情報も一部にはあります。
私(篶囀)はと言えば、もう何年も松茸とは縁のない生活をしています。しかし、あの独特の香りや食感は脳裏にくっきりと残っていますから、なんとも厄介で複雑な心境です。

日本人と松茸のかかわりは古代の文献に登場するほど古く、日本書紀や万葉集にも登場し、天皇への献上品や歌にも詠まれる存在だったとか。 平安時代の「拾遺和歌集」に松茸の名が初めて登場し、貴族たちにも「松茸狩り」に出かけて秋の自然を楽しむ身近な恵みだったようです。
江戸時代になって松茸は「秋の味覚」として一般の人々にも親しまれ、時には年貢や税として納められる地域もあったそうです。
そして井月の時代は? と言えば、まだ里山の手入れも行き届いていてアカマツ林が豊かで松茸は今よりたくさん採れていたらしい・・・、なんとも羨ましい限りです。
そんな背景を思いながら、今宵の一句を選んでみました。
井月:今宵の一句 Seigetsu:A haiku for tonight
松茸や 薪拾いの 狐福
(まつたけや たきぎひろいの きつねふく)
井月の時代はガス・石油・電気など無く、まだ日常生活のすべてが薪や落ち葉、炭などで成り立っていた時代です。
当然、「薪(たきぎ)拾い」は炊事や暖を取るための日々の大切な仕事でした。
だから毎日(毎日でなくても頻繁に)薪拾いに出かけるのですが・・・、

夢中で薪を拾っていたら、偶然に・・・

見~っけた~~ !
篶囀の思い描く『この句のイメージ』
The “image of this haiku” envisioned by Enten
「狐福」って、そのまま訳すと「狐の幸運(fox fortune)」となります。
でも、実際に狐🦊が出てくるわけではありません。
そもそも、松茸を手にしたのが井月本人なのか、村人なのかもわかりません。
でも、見つけた本人はもとより ①家族や、もしかしたら ②おすそ分けを受けた人、
③話を聞いた人、④それらの様子を見聞きした周りの人々など……、 笑顔が広がってゆく様子が目に見えてきます。
暮らしを支える毎日の代わり映えのしない、時には辛い仕事の途中にも、ふいに心がほどけるような幸せが訪れる・・・、そんな味わいを感じます。

あは! よかったね~
千両・千両!
旋律譜:狐福
Melody score: Kitsunefuku

鼻歌で囀ってみたよ
♬ I tried humming a tune
あとがき Afterword
私は最近、「ふくらはぎの筋肉を強くする……という超簡単な運動」を始めました。
朝起きたら二階の廊下に出て窓に向き合い、登り始めた朝日を浴びながら行う「目覚ましストレッチ」なんですが、ほんの2~3分で終わります。
10月のある朝偶然に、耕して一面畝になった農家の広い畑のあちこちから湯気(水蒸気)が立ち上っている様子が目に入りました。なんとも長閑(のどか)で不思議な光景でした。
絵に描けるなら書き残しておきたい、詩が書けるならメモ書きにでもしておきたい、と思ってはみても芸のない私には成す術がありません。
その時、ふと思ったのです。いつもと違うこんな光景を目の当たりにしたとき、井月さんならどんな言葉を使ってこの有様を表現するのだろう? と。
調べてみたら、この現象のことを「地霧(じぎり)」というのだそうです。
(ここでは詳細は省きます・・・が、)
地霧は、前日の雨、早朝の冷え込み、当日の快晴 という条件が揃ったときにだけ見られる(逆に言えば、なかなか出会えない)、農村の「美しい朝の風物詩」なんだそうです。
・・・してみると、この体験は私にとって「狐福」だったのかな? (^ー^* )フフ♪
さて、次回の旋律譜は
白拍子(しらびょうし)
です。
2026.11.01㈰



