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はじめに                                                                     Introduction

こんばんは!篶囀(えんてん)です。
 梅雨入り後しばらくは「とてもいい子(良い子)」していた梅雨前線でしたが、さすがに台風が絡むと騒がしくなりますね。それも統計的に初めてだという二つの台風の本土ダブル接近。災害発生がないことを願うばかりです。(6月26日の現状)

 ところで日頃、家の周りのことには無頓着で気が付かなかったのですが、庭の満天星(どうだん)つつじやアジサイ、槿(むくげ)などが何本か枯れていました。
 こんなに揃って枯れたのは?? 

 フッと昨年の「空梅雨(=雨不足)」が原因ではないか?? と思い当たり・・・
昨年は確か、家庭菜園でのキュウリやトマトの苗がなかなか根付かず、植え直しをした記憶がいまさらながら蘇えりました。 

 植物ならずとも渇水は困ります。しかし、災害規模の雨量は御免こうむりたい!
 やっぱり『ほどほど』が一番です、なにごとも。

井月:今宵の一句                                                                                                       Seigetsu:A haiku for tonight

すずしさや 月を自在のまつ一木』
  すずしさや つきをじざいの まつひとき

 夏至も過ぎて本格的な夏の到来も間近となりました。
 現代生活で猛暑・酷暑を凌ぐ文明の利器といえば、代表格として「クーラー」が挙げられますが、当然のことながら井月の時代にはありません。

 その代わり、昔人には日常生活のうちに風流を嗜む素養がありました。
 持てる素養が生活を守り、心身ともに潤わせてくれたに相違ありません。
 今宵の句も、月と松のシチュエーションで涼しさを感じさせてくれる一句です。

 夕暮れた空に、そこはかとない涼しさを醸して悠然と輝く月。
 その月を迎えるのは、両手を広げるように構えて聳える一本の老松。

 両者の立ち位置に、
  「遅いぞ武蔵。臆(おく)したか!」
  「小次郎敗れたり! 勝つ者がなぜ鞘(さや)を捨てるか!」
という巌流島の決闘場面を連想してしまいました。

 宮本武蔵と佐々木小次郎、いずれが松でいずれが月かは皆様にお任せするとして、
この「月」と「松」の駆け引きは無言でありながら、武蔵と小次郎の決戦の舞台さながらにキリっと『涼』を忍ばせています。 

 月を操る(ように見える)松。
 しかし、松は動かない・・・動けないのだ。
 動けるのは月? 

 いや しかし、月の動きはゆっくりと如何にも鈍い、遅いのである。
 とすれば、松と月以外に誰か‥?


【篶囀の解釈】
 この場面を眺めている井月がいるじゃ、ありませんか。
 そう、井月がこの舞台にしっかり立っていたのです。
 
 舞台上を動き回る井月は、その立ち位置によって動けない松の枝葉を巧みに利用したのです。
 例えば、枝の先に月を乗せたり、枝の間に月を入れてみたり、針葉の陰に月をぼかしてみたり、と。
 それらの試みはすべて松が月を待っていたかのように表現しています。
 
 吹き抜ける風、静かな月光、悠然と立つ老松
 夕暮れ時の静けさの中で繰り広げられる月と松の掛け合い
 この景色全体が言葉を必要としない『涼』を生み出しています。

篶囀の思い描く『井月像』                                                                                                                   Enten’s vision of Seigetsu

・時には枝の上に乗せたり、時には枝の間に入れたり、
見る場所によって月は松の意のままに・・・
【画像は生成AIを使用して作成しています】

旋律譜:月を自在の                                                                             Melody: Tuki o jizai no

                                                 

句碑近景                                                                                      Close-up of the haiku monument

杉島大橋にはこの句を含めて、井月の句が6句設置されています。いずれまた、このブログで紹介させていただきたいと思っています。

あとがき                                                                      Afterword

 今年の元旦にスタートしたこのBlog、一年の折り返し地点まで何とか続けてこられました。
 初めてのことばかりなので当然に試行錯誤の連続で、「こうしたい!」という願望があっても知識が伴わずに「諦める」ことの繰り返しでしたが、ここへきて、諦めの多くが一時的な足踏みであることに気づきました。
 一旦は立ち止まっても、そのまま消えるのではなく、後日必ず実現を目指すワンステップになってきているんです・・ヨ。 (o^―^o)フフ
 

 さて、次回の旋律譜は

  ◎除け合うて二人(よけおうてふたり)

 です。

2026.07.01㈬

ABOUT ME
篶囀 Enten
昔は、還暦には赤いちゃんちゃんこを贈り長寿のお祝いをしていたようです。  さらに古希、喜寿、傘寿・・と長寿の御祝は続くのですが、平均寿命の延びが著しい現代では還暦の祝は「長寿」の祝でなく、「人生の節目」を祝う意味合いが濃くなっているようです。  我が家でも「60・70は鼻たれ小僧」とばかり、御祝の『お』の字もなく淡々と過ごしてきました。  私は還暦で第一の人生に区切りをつけ、『ご破算で願いましては・・』と第二の人生をスタート。(気持ちだけですが・・・)  第二の人生においても既に鼻たれ小僧を通過して今や「中学1年生」、思春期真っ只中です。  (o^―^o)ホホ   あれもやりたい、これもやりたいと、好奇心の塊で今は「井月」に熱中しています。