井月を囀(さえず)る Chirping a haiku by Seigetsu 月を自在の 2026.07.01
ザッと内容を見る
はじめに Introduction
こんばんは!篶囀(えんてん)です。
梅雨入り後しばらくは「とてもいい子(良い子)」していた梅雨前線でしたが、さすがに台風が絡むと騒がしくなりますね。それも統計的に初めてだという二つの台風の本土ダブル接近。災害発生がないことを願うばかりです。(6月26日の現状)
ところで日頃、家の周りのことには無頓着で気が付かなかったのですが、庭の満天星(どうだん)つつじやアジサイ、槿(むくげ)などが何本か枯れていました。
こんなに揃って枯れたのは??
フッと昨年の「空梅雨(=雨不足)」が原因ではないか?? と思い当たり・・・
昨年は確か、家庭菜園でのキュウリやトマトの苗がなかなか根付かず、植え直しをした記憶がいまさらながら蘇えりました。
植物ならずとも渇水は困ります。しかし、災害規模の雨量は御免こうむりたい!
やっぱり『ほどほど』が一番です、なにごとも。
井月:今宵の一句 Seigetsu:A haiku for tonight
『すずしさや 月を自在のまつ一木』
すずしさや つきをじざいの まつひとき
夏至も過ぎて本格的な夏の到来も間近となりました。
現代生活で猛暑・酷暑を凌ぐ文明の利器といえば、代表格として「クーラー」が挙げられますが、当然のことながら井月の時代にはありません。
その代わり、昔人には日常生活のうちに風流を嗜む素養がありました。
持てる素養が生活を守り、心身ともに潤わせてくれたに相違ありません。
今宵の句も、月と松のシチュエーションで涼しさを感じさせてくれる一句です。
夕暮れた空に、そこはかとない涼しさを醸して悠然と輝く月。
その月を迎えるのは、両手を広げるように構えて聳える一本の老松。
両者の立ち位置に、
「遅いぞ武蔵。臆(おく)したか!」
「小次郎敗れたり! 勝つ者がなぜ鞘(さや)を捨てるか!」
という巌流島の決闘場面を連想してしまいました。
宮本武蔵と佐々木小次郎、いずれが松でいずれが月かは皆様にお任せするとして、
この「月」と「松」の駆け引きは無言でありながら、武蔵と小次郎の決戦の舞台さながらにキリっと『涼』を忍ばせています。
篶囀の思い描く『井月像』 Enten’s vision of Seigetsu

見る場所によって月は松の意のままに・・・
【画像は生成AIを使用して作成しています】
旋律譜:月を自在の Melody: Tuki o jizai no

句碑近景 Close-up of the haiku monument

あとがき Afterword
今年の元旦にスタートしたこのBlog、一年の折り返し地点まで何とか続けてこられました。
初めてのことばかりなので当然に試行錯誤の連続で、「こうしたい!」という願望があっても知識が伴わずに「諦める」ことの繰り返しでしたが、ここへきて、諦めの多くが一時的な足踏みであることに気づきました。
一旦は立ち止まっても、そのまま消えるのではなく、後日必ず実現を目指すワンステップになってきているんです・・ヨ。 (o^―^o)フフ
さて、次回の旋律譜は
◎除け合うて二人(よけおうてふたり)
です。
2026.07.01㈬

