はじめに

 こんにちは!篶囀(えんてん)です。
 南北に長い長野県でも南部に位置する伊那地方は1月下旬ともなると ”夜明けの早さ” と ”遅くなった陽の入り” をしっかりと感じるようになります。
 晴れた日のそこはかとなく感じられる穏やかな陽光に春の気配が・・。野山にも、日々の生活の中にも春の息吹が散見されるようになると心も体もリズミカルになろうというもの。暖かくなったら、あれもしたい、これもしたいと思うだけで楽しくなってきます。こんな感覚を誰よりも心待ちにしていたのではないでしょうか、井月は。

井月:今宵の一句

『春風や碁盤の上の置き手紙』

【篶囀の解釈】
 久しぶりに碁好きな某主人宅を訪れたが、あいにく不在の様子。
 いつものように家の中を見回すと、奥の座敷に対局中の碁盤が置かれている。 
 人の姿は見えない。
 井月が近づいて碁盤を眺めると「また来るよ」と書かれた手紙が・・。
 
 おそらく・・・
 顔つき合わせて対局していたこの家の主人が急用で飛び出していったまま 戻らない。
 しばらくは待っていた ”碁敵” であったが、いつまでたっても帰ってくる
気配がないので一言認めて帰ることに
 ・・・なったのだろう。

篶囀の思い描く『井月像』

誰もいない留守宅で、一人碁盤を眺める井月
【画像は生成AIを使用して作成しています】
 

旋律譜:春風・碁盤・置手紙

あとがき

 春、如月。温暖化の影響で伊那でも昔のように40㎝も50㎝も雪が積もることはなくなって久しいですが、それでも冬の寒さは身に堪えます。『この頃、日が長くなってきたね。本当だね。』の挨拶にも、この言葉を発することによってホンのひと時でも寒さを忘れたいという思いが含まれているように感じる今日この頃です。そうはいっても「暑さ寒さも彼岸まで」といいますから、もう少し我慢して暖かな春を待ちましょうか。

 とにもかくにも、何とか少しずつ前に進んでいます。取り上げる句に季節感が伴わなくて申し訳ないですが、思い付いたままできた節(旋律)を、思いついたままにブログ作りをしているので、諸般(ほんとうに個人的な諸般)の事情があって脈絡のない流れとなっております。
 【すべて専門知識のないことが原因でありまして、情けない限りです。】

さて、次回の旋律譜は

     舟を呼ぶ声は

 です。

2026.02.01㈰

+

ABOUT ME
篶囀 enten
昔は、還暦には赤いちゃんちゃんこを贈り長寿のお祝いをしていたようです。  さらに古希、喜寿、傘寿・・と長寿の御祝は続くのですが、平均寿命の延びが著しい現代では還暦の祝は「長寿」の祝でなく、「人生の節目」を祝う意味合いが濃くなっているようです。  我が家でも「60・70は鼻たれ小僧」とばかり、御祝の『御』の字もなく淡々と過ごしてきました。  私は還暦で第一の人生に区切りをつけ、『ご破算で願いましては・・』と第二の人生をスタート。(気持ちだけですが・・・)  第二の人生においても既に鼻たれ小僧を通過して今や「中学1年生」、思春期真っ只中です。  (o^―^o)ホホ   あれもやりたい、これもやりたいと、好奇心の塊で今は「井月」に熱中しています。