はじめに

 こんにちは! 篶囀(えんてん)です。
 とうに立春は過ぎたのに、朝晩の寒さは厳しく「春は名のみの風の寒さや~🎵」という ”早春譜” の歌詞が思わず口をついて出てしまう時節です。この歌、1番から3番までの歌詞がこの微妙な季節を実に的確に表現しているなあ・・・と、あらためて感じ入っている今日この頃です。
 
 よくよく考えてみると、放浪の俳人井月はここまでの寒~~い季節さえもヤドカリのように、今日はあの家、明日はあの寺などと、歩き回って凌いでいたんですよね。並みの体力・精神力では一日たりともマネできませんし、なにより何十年も続けるなんて私・篶囀にとって驚異の世界でしかありません。

 そんなことを考えていたら、井月の生き様の凄さを改めて感じました。

篶囀の思い描く『井月像』

           「走って走って、なんとか間に合った・・ 
           空には平然と雲雀が舞っている・・・」
           そんな様子を見つめる井月(イメージ) 
           【画像は生成AIを使用して作成しています】

井月:今宵の一句

舟を呼ぶこゑは流れて揚雲雀(ふねをよぶこえはながれてあげひばり)



 井月が活動していたころの天竜川や三峰川などに現在のような堅固な橋はなく、川の反対側に行くには渡し舟に頼らざるを得ない時代でした。
 金銭などほとんど持たない井月ですが、ごく稀には自身も客人となって天竜川や三峰川などの渡し舟を利用したことがあったのではないでしょうか。それはともかく、この日ばかりは乗舟するつもりもなく、のんびりと丘の上からいつも見慣れた渡し場を眺めていたのでしょう。

【篶囀の解釈】
 〈背景〉井月が見下ろすと今まさに数人の客を乗せた渡し舟が出発しようとしている様子。そこに遥か遠くから何やら叫びながら舟に向かって走っている人が見えるがその声は聞こえない。たぶん船頭にも聞こえていないだろう。井月は必死に走っている人とそれに気づかない船頭の動きを見ながら、「間に合うかな?間に合わないかな?」と内心ちょっぴり心配しつつ眺めています。すっかり準備を整えた舟の上から船頭がいつものように『舟が出るぞ~』と叫ぶしぐさが見える。『お~い、待ってくれ~』と言ったかどうか聞こえないが、走っていた人もようやく舟にたどり着いて何とか間に合った様子。
 〈感想〉この様子を眺めていた井月は安堵したように空を眺めると、そこには数羽の雲雀が高く高く舞い上がっていたのです。この緊迫した人間の有様と自然の雄大さを17文字の中にまとめた素敵な一句だと思います。

句碑近影

駒ケ根市:駒見大橋東  ≪ 表 ≫
≪ 裏 ≫

旋律譜:舟を呼ぶ声は

【旋律に込めた思い】
 「篶囀の解釈」でも記した句の背景をイメージしてセリフを入れてみました。第2小節の「ぶ」の声を聴いてすぐに『舟が出るぞ~』のセリフを発し、第4小節の「ぶ」の声を聴いてすぐに『おーい、待ってくれ~』のセリフを発することを想定しています。

あとがき

 まあ何とか続いています。出来上がっている旋律のストックはそこそこあるのですが、編集して記事化することが全く素人なので苦労しております。今の時代ですから、「AI活用でなんとでもなるやろ!」という声も聞こえてきそうですが、私の年代層にはほとんど期待できないというか、不可能(ムリ偏にお願いの境地)なんですよね。でもこうして恥ずかしながらも継続できている事実はあるので、今後いい意味で豹変する(^▽^)/こともあるかもしれません。

さて、次回の旋律譜は

     蟻塚城址雑感

 です。

2026.02.16㈪

ABOUT ME
篶囀 enten
昔は、還暦には赤いちゃんちゃんこを贈り長寿のお祝いをしていたようです。  さらに古希、喜寿、傘寿・・と長寿の御祝は続くのですが、平均寿命の延びが著しい現代では還暦の祝は「長寿」の祝でなく、「人生の節目」を祝う意味合いが濃くなっているようです。  我が家でも「60・70は鼻たれ小僧」とばかり、御祝の『御』の字もなく淡々と過ごしてきました。  私は還暦で第一の人生に区切りをつけ、『ご破算で願いましては・・』と第二の人生をスタート。(気持ちだけですが・・・)  第二の人生においても既に鼻たれ小僧を通過して今や「中学1年生」、思春期真っ只中です。  (o^―^o)ホホ   あれもやりたい、これもやりたいと、好奇心の塊で今は「井月」に熱中しています。